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2016年2月26日 (金)

芳林堂書店の思い出

今日(2016年2月26日)、「都内駅周辺や埼玉、神奈川などに店舗を展開、『芳林堂書店』(東京都豊島区)が破産」というニュースが、帝国データパンクから報じられました。

以下、Yohoo! Japan ニュースからの転載です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160226-00010000-teikokudb-ind



(株)芳林堂書店(TDB企業コード980463409、資本金2000万円、東京都豊島区西池袋3-23-10、代表齋藤聡一氏)は、2月26日に東京地裁へ自己破産を申請し、同日付で破産手続き開始決定を受けた。

 申請代理人は西村賢弁護士(港区虎ノ門4-3-1、成和明哲法律事務所、電話03-5405-4080)。破産管財人は安藤真一弁護士(千代田区六番町15-2、みつば総合法律事務所、電話03-3511-1836)。

 当社は、戦後、古本販売業を目的に個人創業され、1948年(昭和23年)3月に法人改組した書籍小売業者。71年にはJR池袋西口に芳林堂ビルを建設し、旗艦店となる池袋本店をオープン。その後も都内を中心に出店を進めて業容を拡大し、99年8月期には年売上高約70億5000万円をあげていた。

 しかしその後は、長引く出版不況と相次ぐ競合大型店の出店から売り上げの減少が続き、2003年12月に池袋本店を閉店、2004年1月には芳林堂ビルを売却した。以後も店舗のスクラップアンドビルドを進め、近年はエミオ狭山市店をオープン(2014年8月)させた一方、津田沼店(2014年5月)、センター北店(2015年4月)、汐留店、鷺ノ宮店(ともに2015年9月)を閉店。近時は、高田馬場店、コミック本専門店の「コミックプラザ」(豊島区西池袋)など都内4店舗、埼玉県5店舗、神奈川県1店舗の計10店舗の直営店展開となっていたが、2015年8月期の年売上高は約35億8700万円にダウン、厳しい資金繰りを強いられていた。

 そうしたなか、2月5日に主力仕入先である書籍取次の(株)太洋社(東京都千代田区)が自主廃業も想定し、会社の全資産の精査などを進める方針を明らかにしたことで動向が注目されていた。

 負債は約20億円。

 なお、当社は商号を(株)芳林堂書店から(株)S企画に変更して自己破産を申し立てている(2月26日時点で商業登記簿上では商号変更されていない)ほか、(株)書泉(東京都千代田区)に事業譲渡することで合意に至っている。



私にとっては、ちょっとショックなニュースでした。

と言うのも、2003年に閉店した、池袋駅西口にあった芳林堂書店池袋本店は、20代の頃から、もっとも通い続けた本屋でした。
いまどきの大型書店の売り場面積と比較すれば、微妙に狭い売り場面積でしたが、それでも大型書店であることに変わりはなく、そんな売り場に並べられた本のセレクトもよくて、私のお気に入りだったのです。

池袋本店閉店後は、しばらくは、仕事でよく足を運んでいた高田馬場駅前の高田馬場店も利用していましたが、仕事が変わって高田馬場に行くこともなくなり、最近では、紀伊國屋書店新宿本店を利用することが多くなっていました。

芳林堂と言えば、想い出されるのが「競作五十円玉二十枚の謎」。
この作品は、推理作家の若竹七海が大学生のときに体験した奇妙な出来事――若竹七海がアルバイトをしていた池袋の書店で、毎週土曜日になると50円玉20枚を握りしめた男が現われて、千円札への両替だけ済ませるといそいそと帰っていく――という謎に、名立たる推理作家が挑戦した小説ですが、確か、この舞台となっている書店が、芳林堂だったのではないかと記憶しています。違ったらごめんなさい。

芳林堂で出会った本で、私自身のターニングポイントとなった本もありますが、それは内緒(笑)。

そんな芳林堂の破産に、一つの時代の終焉を感じた今日でした。

・・・・・・・・・・・

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